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■ 原発問題に取り組むようになった経緯

ワダ:
今日はよろしくお願いします。
鎌仲・豪田:
よろしくお願いします。
ワダ:
9月(2011年)に岡山・倉敷で「ミツバチの羽音と地球の回転」の上映会させていただいたんですが・・・
(音声版では、9月と言っていますが、7月の間違いでした。)
鎌仲:
ありがとうございます。
ワダ:
遂に原発事故が起こってしまって、全ての人が大きな衝撃を受けて。これはすぐにでもということで、仲間たちと上映会をすることになったんですが、監督としては、ずっと原発問題を追いかけてきて、ついに事故が起こってしまった。その衝撃というか、どのように感じられたのかなと思ってお聞きしたいんですが・・・
鎌仲:
最初から原発問題をやっていたのではなくて、イラクの子供たちと出会ったことが原動力だし、そこがルーツなんですね。劣化ウラン弾で汚染された所に生きて、白血病とかガンになっているらしいと。でもそれが証明できないわけですよね。それがどうしても劣化ウラン弾のせいだということは証明できないんだけれど、早く死んでいくガンと白血病の子供たちに出会っちゃって。なんでそんなことになっているのかというのを探ったのが、最初の作品なんですよね。それが「ヒバクシャ・世界の終わりに」で。それが、子供たちを被曝で殺していく、死なせていくような社会は、未来がないなと。それをやっているのが大人たちで、しかもその死に追いやっている原因だと言われている劣化ウラン弾が、私が出したゴミというか、原発を使っているとどうしても出てくるゴミで作っているので、私が加害者になっているということが、だんだんつながって見えてきたんです。
「ヒバクシャ」という最初の作品を作っているときにはよく見えなかったんですよ。ただ、世界中に被曝をして苦しんでいる人たちがいて、子供たちから先に死んでいっているという現実を描いたんですね。で、そのゴミが実は原発だということがわかって、ようやく「六ヶ所村ラプソディー」から原発を含めた日本のエネルギー政策・原子力産業を描くということをやって。そうすると、原発をやめないと被曝問題は解決しないということに気づいたんですよね。元を断たなきゃダメみたいな。だから、元を断つためにはじゃあどうやったら?ただ、ダメダメと言ってても…具体的な方法を、スウェーデンとか、祝島とかを紹介する「ミツバチの羽音と地球の回転」にしたんです。だから、そうやって子供たちを被曝させないがために皆に気づいてもらって、放射能を出し続ける原発から、自分たちの意思で足を抜いていくというか、やめていく。そういうことができると思ってたんですね、単純に。「みんな知らないからだわ!知れば…時間をかけて地道にやっていこうと。そうしたら実際に原発事故が起こってしまって。それはね、やっぱり私は甘かったんですよね。もっと時間があると思ってた。もっと日本人が早く気がついて、「こりゃいかん!」と。「これをやってちゃダメだな!」と。子供たちに影響が出るとか、事故を起こさなくても放射能がちょっとずつ出てくるし、廃棄物もものすごく溜まるし、それはものすごく危険なもの。というふうにわかったら、誰でもやめると思うんですけれど。
ワダ:
何が普通で、何が常識かわからないですけれど…普通に考えて、例えば、僕の中で原発の問題というのが、常にどうかなと思っていたのが、死の灰が生まれて、それを何万年も保管するということ自体に、大きな矛盾と言いますか。できないだろうと。
鎌仲:
無理よ!!
ワダ:
伝えたくない情報はほとんど表に出さず、とにかくクリーンエネルギーだということばかり喧伝してきた…そこの違和感って、すごく感じていたんですよね。
先ほど言われたように多くの人たちは、そういった原発問題というのはほとんど意識の中にもないし、被曝された人たちがいたり、子供たちが劣化ウラン弾で亡くなっていて、その元に自分たちが関わっているという意識が全くないんですね。
鎌仲:
「ヒバクシャ」の中で、アメリカを取材しているんです。アメリカは日本にしてみれば原爆を落とした国、イラクにしてみれば劣化ウラン弾を作ってイラクに打ち込んだ国なんだけど、核兵器を作っている工場の周辺のアメリカ人たちは、自分たちが被曝しているという意識が全然ない。核兵器が自分たちを守ってくれると思っているから支持している。でも実は、放射能がすごくいっぱい出ていて変なことがいっぱい起こっているのに見て見ぬふりをしたりとか、自分たちの作物が汚染されているのも、それを訴えたらだれも買ってくれなくなるかもしれないと思って黙っていたりとか。
だから無自覚な、自分が被曝しているともわからず被曝している人が世の中にたくさんいて。私は今回の福島でもそうだと思う。ものすごく多くの人口が、今まさに被曝してしまって。でもその人たちの意識って違うのよね。「気にしないわ」「ものすごく心配」ってすごく両極端で。でも全部同じように被曝しているんですよ。
ワダ:
「被曝」っていう認識がないように意識づけされているというか…
豪田:
考えたくない、っていうのもあるんじゃないですかね。
鎌仲:
うん。みんな考えたくないんだと思う。
ワダ:
僕たちも、もう既に被曝してますしね、結果的には。
鎌仲:
被爆してます。それが枝野さんのいうところの「ただち影響は出ない」けど、2年後とか3年後、子どもから影響が出てくる。で、一番出やすいのは胎児。お母さんの身体が一番影響が出やすい。母乳からも出たでしょ?
女性の生殖器に濃縮していくという性質があるので、女性の敵なんですよね。だから、私はすごく男性…“オヤジ性”が高まって原発事故が起こったんだと思っているんですね(笑)
ワダ・豪田:
(笑)
鎌仲:
オヤジの理論が日本を席巻していて、何でもオヤジが決めるでしょ?
ワダ:
そういうところに女性がいないですよね。
鎌仲:
いないのよ。
ワダ:
東電の幹部の中に、例えば女性が3割でもいるとかすれば、考えも違ったかもしれないですね。
鎌仲:
自分が子どもを産むと考えて、そういう放射能が出るものを、今のように汚染を撒き散らかしているということを許容できないよね。
だから、そこにちゃんとパワーバランスがあればいいんだけれど、全て100%オヤジの世界になっていて、男性性がエネルギー効率とか経済効率とか、「経済成長だ!」とか、「組織を守らなければならない!」みたいなものが歯止めが利かなくなって、極まってしまった形が原発事故。そこでやっぱり一番最初に脅かされるのが命。子供たちなんですね。そういう全体の俯瞰図みたいな構造が、みんなでこうやって見られたら「あ、これはまずいな」と、女が思って女がオヤジをなぎ倒すというか。「ちょっとどきなさい!」って言って(笑)
ワダ:
今、全国のあちこちで自主上映が盛んにされていると思うんですが。3.11以前と比べると「六ヶ所村ラプソディー」や「ヒバクシャ」も含めて、どのくらい反響は変わりましたか?
鎌仲:
そうですね…これまで微増してたんです。ちょうど3月11日にユーロスペースで上映していて、東京ロードショー公開中のちょうど真ん中で地震が起きたんですよ。それまではマスコミはほとんど一切書いてくれなくて。東京の劇場公開の長編ドキュメンタリーで、しかも未来のエネルギーを考える。原発と自然エネルギーっていう。誰も書いてくれないんですよ。だから、若い人しか見に来ない。ツイッター作戦、フェイスブック作戦。そうしたら宇多田ヒカルさんが見に来てくれて、「日本人全員がみるべし」とか。あと、松田美由紀さんとかいろんなミュージシャンが見に来てツイート上で書いてくれるくらいで。でも、おかげでじわじわと集客が上がっていたんですけど、3月11日で一回中断して、再開したときには、立ち見でも入りきれないくらいの人がいて。その時私は「この人たちは、すぐ熱してすぐ冷めるタイプの人たちじゃないかな?」って(笑)
ワダ:
疑念の目で見た?(笑)
鎌仲:
というか、前はものすごく圧倒的な無関心が蔓延していて。今だって知りたくないという心理がものすごく強力に働いていて。3.11以前は無関心。知らないし知らなくても平気、みたいな。そこが最大の壁・難所。コンコンと叩いても、すごく分厚くて・・・。
豪田:
現実を直視するのがやっぱり嫌な人が多いんでしょうね。

■ 真実に向き合いたくないという人々

鎌仲:
私は女子大に行って教えたりとかしてるんだけど、今大学でも上映がとても盛んで。それで大学に行って、私は何一つ情報を言わないで、3.11が起きてしゃべることはいっぱいあるかもしれないけど、でも映画は見た。それで、福島のことは何一つ言わずに、「みんなでちょっとシェアをしましょう」と。「3.11の時何をしていたのか?何を思ったのか?その後誰かと話をしたか?今どうしようとこれに対して思っているのか?とかっていうことを、何を言っても誰も批判しないから話しましょう」って言ったら、若い女の子が「知りたくない。なぜなら、知ってしまったら人生が楽しめなくなるから」と。
私は「その気持ちすっごくわかる。みんなそう思っているんじゃないかしら」って。彼女は「そうなんです。知りたくないんです」って。でもそう言った途端に、彼女の中で「そういうこと言ってても解決しないんだ」って気持ちが同時に出てくるというのを感じるんですよね。でも、それを自分の中に閉じ込めて、誰にも言わず、表現せず、言葉にもせず持っているだけだと自分の中で堂々巡りになるんですよね。でも、他者に向かって言ったときに、自分の中にフィードバックが起きて「これではどうしようもないんだわ」って、だってみんなおバカさんじゃないんだもん。普通の感性があれば誰でもそう思うはず。そう思ったなっていうのはね感じたのね、周りの人も。
でやっぱり「原発は何でダメなの?」っていう意見もあったし、「お父さんが東京電力に勤めているから、反対するとお父さんの仕事がなくなっちゃう」とか。でもそれはすごく幼い、知識のない素朴な意見なんだけど、それを実際自分で形にして表現にしてみないと次に行けないのよね。学ぼうとか、本当にそうかしら?…っていう。それをやってすごく思ったんですけど。
津田塾っていう大学は女子大生で、私が「乳製品を、特にミルクを飲んではいけません。あなたたちは特にこれから子どもを産むんだから。ミルク禁止!」とかって言ったら(笑)、みんな「え〜!」とかザワザワザワザワ(笑)「何で急に飲んじゃダメなんですか?」って言うから、「放射線セシウムはおっぱいに入っていくのよ。あなた方のおっぱいにも入るし、牛のおっぱいにも入るし。今みんないろんな牛乳をそこらへんで買って飲んでいるかもしれないけども、確実に入ってるから」って言ったら、「え〜!信じられない!」とかって(笑)
でもその自分の身体の中に子どもを産むための卵があると、それが毎月1つずつ妊娠しないで失われていっているという意識が相当低いよね。自分の身体への意識、自分の身体はいったいどうなっているのかとか、自分の身体をケアしたりとか、それは食べるものにすごく関係してくるんですよね。これを食べて、これが自分の身体になる。だから、コンビニ弁当とかそういう化学物質てんこもりのジャンクフードとか、みんな平気に食べてるじゃない。
ワダ:
例えばうちの娘は高校2年生で、今度3年生になるんですけど、こういう親の元にいるので、やっぱりある程度はそういうことに対して自分では関心というか、理解はあるんですよ。だけど友達との付き合いの中でかっこ悪いというか、そういうのをいちいちね…例えばコンビニのジャンクフードだけど、それはわかっていても、これを友達とシェアするのがいいっていうかね。友達との人間関係を崩したくないがために食べるし、スタイルとして、高校生で自然食のものを探して食べるとかそれよりも、今流行っているものを流れに乗って一緒に友達と楽しむという方にどうしても気持ちが行くから、その感覚はよくわかるような気がしますね。
鎌仲:
藤波心ちゃんという14歳のアイドルが、原発のことをブログにいっぱい書いて注目されて、今あちこちでトークしたりしているんですけど。彼女と何回か会って一緒に劇場とか上映会でトークしたりとかしてるけど、自分のブログとかツイートで、すごくしっかりした意見を書くんですよ。それでやっぱり、中学校の同級生とは、そういうところでは全然話ができないし話が合わないと。でも彼女はアイドルだから、すごく流行に合ったファッション、年代の子たちが憧れるようなファッションをしてる。ただその中で、すごく意思を持って「自分はこれを食べない。なぜなら…」って言えるっていうかね。もちろん、今の女の子たちが全員そんなことができるとは思わないけれども、やっぱり自分の頭で考えて、自分の意思で人生を選択していくっていう、そういう女性たちがこれから育ってもらわないと困るのよ(笑)
豪田:
自分の意見を貫き通せるのって、自己肯定観とも繋がるんじゃないかなって思うんですよね。自己肯定観があると、自分の意見を言って、例えばそれが反対される、もしくは何か言われる、受け入れられないとしても、自分のことを受け入れてもらえる人がバックに必ずいるから別にいいわけですよね。だけど、自己肯定観がないと、そこで自分の住む世界がなくなってしまう、嫌われてしまうっていうのをすごく気にするようになるから、そうなるとやっぱり周りと合わせて自分の意見は言わずに、っていう風になりがちなんじゃないかなって、すごくお話聞いてて思いました。
ワダ:
この辺が微妙なんだけど、本人は、実は自己肯定観とか内在的には持ってるんだけど、やっぱり集団になると、そこで集団の力学の中での自分の立ち位置を決めてしまうし、多分大学生くらいまでとかって世界観が狭いじゃないですか。そうすると、自分のいるコミュニティの中での選択というか、そういう部分もあるかもしれないですね。
鎌仲:
でも、知ってます?15歳から19歳までの日本人の死因のトップって何だと思います?
豪田:
自殺ですか?
鎌仲:
そう、これは世界でもものすごく稀なんですよ。日本は、ものすごい数の若者が自殺してるんですよ。それはやっぱり自己肯定観がない。

■ 自分はかけがえのない存在

鎌仲:
ずいぶん前なんですけど、NHKですごく時間をかけて作った番組があって。
アダルトチルドレンが顔出しで出てくるんですよ。親も一緒に出てくるんですけど。親に虐待されたり、ネグレクトされたりっていう。で、さっき言った自己肯定観がすごくなくて、自分がなぜ生きているのかわかんなくなっちゃって悩んじゃう。それで過食をしたりとか、いろんな嗜癖に…買い物依存とか、恋愛依存とか、いろんなものにはまっていく。それで、もう生きづらくなっちゃった子たちを取材して一本作ったんですけど。
自分の子どもをどう愛していいのかわからない親達、なんですよその若者達の親っていうのが。なぜかっていうと、自分の親に愛された記憶がないから。だから、どうやって愛したらいいのかわからない!みたいな。すごく言葉で傷つけるような父親とか母親に育ってしまうと、子どもが甘えてきてもなんか同じように言ってしまうとかね。
豪田:
多分無意識のうちに言ってしまうんでしょうね。「親子関係は連鎖する」っていう言葉があって、「それは虐待も連鎖する」っていう言葉があって。
映画の中で出ていただいた伴まどかさんという方が小さいときに虐待を受けていて、虐待を受けていたということはその連鎖を自分も続けてしまうんじゃないかっていう怖さがすごくあって。でも彼女の場合は、偉いと言ったらあれですけど、連鎖するっていうことをまず知っている。そして、それを止めるという強い意思があって。その止めるというのも、多分お一人じゃ難しいんですよね。そこでパートナーの旦那さんと一緒に止めるということで、今一生懸命取り組んで。今はもう映画の中で産まれた子は明日かな?明後日かな?でもう2歳になるんですけど、育児ノイローゼ云々っていうのとは全く無縁の…
鎌仲:
へ〜!まほピー…じゃなくてまなピー?
豪田:
まなぽん、まなかちゃん。もう2歳になりますね。
鎌仲:
そうですか〜。
でもその自分が愛されなかったと思って自己評価の低い子たちがどうやって立ち直っていくかっていうのを撮ったんですよ。それはね、虐待された所だけがすごくこう肥大化されて記憶の中にインプットされてるんですよ。でも、愛されてた時もあるわけ。それがその肥大化した虐待の陰に隠れてないものになってるんですけど、でもその自分を虐待した親も一方ではすごくかわいがったり愛してくれていたという記憶が、もう埋もれていたのが見えてくると、すごく自分の中で変化が起きてくるんですよね。
豪田:
まさにそれ、僕はこの映画を作りながら体験した事なんですけど。
元々この「うまれる」って映画を作ったのって、出産を描きたかったからじゃ全然ないんですよ。出産じゃなくて、僕親と仲直りしたいっていうのがあって。僕もずっと両親とあんまりいい関係が築けなくて、やっぱり自己肯定観があまり持てない子どもだったんですよね。でそのままずっと過ごしていって、結婚とかそういうのあんまり僕はどうでもいいやって、自分の人生の設計にはないものだったんですよね。だけどやっぱり親と仲が良くないって、何かすごく恥ずかしいし、親孝行ができない自分が恥ずかしいし。何とかしたいって思うんだけど、そういう連鎖とかいうのがわからなかったんでどうにもならなかったのが、ある方に「子どもが親を選ぶ」っていう少しファンタジーな話ではありますけどそういう考えを聞いて。「あれ、俺が選んだの?」ってちょっと思ったら、「そうか。産まれるのも自己責任なんだな。」とかっていろいろ思えてくると、今までずっと他人のせいにしてきた自分の人生を考えると、すごく自分にも責任あるんだな。ということはここの「うまれる」っていうのに取り組むと、親と仲直りする方法だったりとか例えばパートナーシップだったりとか、そういうところに何かヒントがあるんじゃないかなって思って映画を作り始めたんですよね。
で作り始めているうちに命の現場に何度も行かせていただいて、出産も10回くらい立ち会わせていただいたんですけど、やっぱり出産の現場にいるともうすべての命は感謝と感動と祝福で産まれてきて。で、子育てされてるお父さんもお母さんもみんなやっぱり一人残らず子どもを愛しているっていうのをすごく感じて。その時に僕も、自分の記憶の中では愛されたっていう意識的な記憶はあまりなかったんですけど、でも「あ、僕も記憶にはなかったけどこういう時期が多分あったんだ」っていう風に自分のメモリーを書き換えたんですよね。で、悪い記憶は消去・デリートして、隠れてたものをちょっと改変して自分の中で作り上げて、もしかしたらそんなことはなかったかもしれないっていう記憶を何となく自分の中で作り上げて。それで僕は親子問題っていうのを、自分の中では解決させることができて映画も完成したっていう感じだったんですよね。
鎌仲:
伴さんが、自分は本当にどんな母親になって、それで自分の子どもを愛することができるだろうかっていうところを、すごく丁寧に撮ってるじゃないですか。そこの部分がすごく大事なんだな、っていうのは映画の中からすごく伝わってきたんですよね。
豪田:
ありがとうございます。伴さんっていうのは僕の分身みたいな人なんで。
鎌仲:
そうなんだよね。だからすごく感動が、見てる人が感情移入すごくそこでできるようになっていってるんですよね。それはやっぱり、作っている人の意識がそうだからなんだろうなと。でも誰しもがやっぱり共有している、同じような感覚っていうものなんじゃないかな。もう本当に100%親に愛された、という子どもなんてすごい稀だし。
ワダ:
トモくんの話を含めて思ったのは、僕達の親の世代って高度経済成長期だったから、戦後からやっと自分達の生活を取り戻すというか自分達の生活ができ始めた頃だから、何かやっぱりまだまだ生活していくのに一生懸命というか、社会全体がそっちに向いてたので、僕達が子どもの時にそれを我慢してそれについていかなきゃいけないんだ、みたいなそういう感覚ってあったと思うんですよね。だから…
豪田:
僕もお父さんお母さんに愛されたっていう感じはどうしてもないんだけど、やっぱりよくよく考えたら、当時の日本は今ほどモノとかいろいろあるわけじゃないから、お父さんもやっぱり企業戦士でなきゃいけない時期だったんで仕方ないんだなって思ってそれで理解することにして。じゃあ今後どうしよっかってなったら、やっぱり愛されないっていうものを引きずったまま育児をしていくと、やっぱり同じような問題が連鎖していくから、僕らの世代でそれを止めて僕らの世代で子どもをどう愛して育てていくかっていうのを、ちゃんと感覚的に理解したうえで子育てしていかないと。僕「子育ては国育てだ」とやっぱり思うので。
鎌仲:
ほんとにそうですよ。ものすごく大事ですよ。こんなにいっぱい若い人が死んでいるっていうのもあるけど、原発の問題の根っこにあるのも命の使い捨てっていうか。
大学で教えててもすごく感じるんだけど、みんな大学を出て例えばシステムエンジニアになったりだとか、普通の会社のサラリーマンになったりだとかするんだけど、自分が取り換え可能な部品にしかすぎないっていう感覚はすごくね、言葉にして彼らは表現しないけど、無意識の中にそれがあるっていうのは私感じるのよね。「自分なんて…」「どこにでもいる交換可能な…」かけがえのない存在として自分を愛してないんですよ。それがね日本のすごく深い問題というか病気だなと。「あなたはすごくかけがえのない存在で、あなたが生きていることだけがそれだけですごく素晴らしいのよ!」っていうメッセージがこの社会に足りない!
ワダ:
そうですね。教育とかではなくて、多分一つ一つの家庭やコミュニティそのものにそういうものが欠落してしまっているんでしょうね。
鎌仲:
そうなのよね。それは自分を愛してない親が子どもを育てるからだと思うのよね。それだからぐるぐるぐるぐる回るんだと思うのよね。
豪田:
そうなんですよね。ずーっと連鎖していっちゃうんですよね。
鎌仲:
自分を愛するって、大事にするってことでしょ?大事にする。
豪田:
でも自分が大事にできないっていうのは、やっぱり自分がどのくらい奇跡的な確率で産まれてきたのかっていうのを感じるっていう機会が、普段の生活でなかなかないんじゃないかって思うんですよね。みんな頭では知ってる部分はあると思うんですよ?でもやっぱり、頭で論理的に解釈してもあまり意味がなくて、やっぱりそれは感じるという機会が僕はすごく必要だと思うんですよ。
僕はこの映画を作ったのはそういうのを、言葉で言ったら別に説明できるんですよね、映画の内容って。でもそれをわざわざ映像でお見せするっていうのは、そこで映像を見ながら感じていただきたいっていうのがやっぱりすごくあって。

■ 男性が育児に取り組むことの大切さ

豪田:
鎌仲監督おっしゃっていたような、男社会っていうか、男が論理的にデータとかで考えちゃう部分で、僕たち男って左脳的に考える部分が多く、女性みたいに、右脳が発達してないから、感じるとか共感するとかが弱いっていうか、苦手って部分が、すごくありますよね。僕は、いま一歳になる娘がいるんですけど・・・
鎌仲:
この写真の子ね?
豪田:
あっ、その子は別の子なんですよ・・・(笑)
鎌仲:
あらら(笑)
豪田:
その子は撮影に立ち会わせていただいた子なんですけど・・・(笑)
僕も、最初の特に半年は、かなりペースダウンして育児に取り組ませてもらったんですけど、男性が育児に取り組むのって、僕はものすごい重要だなって感じたんですよね。それはなにかっていうと、まさに男性である僕の弱い右脳の部分が発達してくる、養われてくるんですよね。
鎌仲:
ほー!
豪田:
どうしてかって言うと、例えば赤ちゃんって言葉しゃべれないから、彼、彼女がメッセージを発するのっていうのは二つしか手段がないですよね。泣くか、笑うか。泣いてるときは、やっぱりなるべく泣きやませたいと思うし、やっぱり笑顔もホントに素敵だから、笑顔も見せて欲しいって思うんですよね。これを常に考えてやっていくと、例えば、赤ちゃんはどういうことを感じているのかな?どういうことを欲しているのかな?っていう風に、それを感じるっていう部分が養われていくし、こんな時、例えば奥さんは何を求めてるのかな?っていうのを感じるっていうことが、だんだん備わってくると思うんです。そうすると、例えば同じ会社の中でも、例えば上司なり同僚なりが、なにを欲しているのか、何を自分に求めているのか、それはひいては会社でいうと、お客様がどんな商品やサービスを求めているのかっていうことに、どんどん繋がっていくんじゃないかって思うんです。そういう意味でも、僕は男性が育児をするっていうのは、すごく大事な事なんだなって、特に思うようになりましたね。
もしそういう男性が、社会で少しずつ世代とともに増えて行くと、やっぱり一つの命をデータではなくって、そのままにいる命として考えて行くようになるんじゃないかなって、すごく娘に教えられましたね。
鎌仲:
そうですか!もうイクメンをもっと増やさなくっちゃ!
全員:
あははは!(笑)
ワダ:
以前ね、NHKで女と男っていうドキュメンタリーがあったんですよ。これはすごく面白くて、DVDを持ってるんですけど、世界中の研究者たちの男性と女性の原理、まあ、何が違うのかという。
鎌仲:
行動規範だよね。
ワダ:
はい、行動規範にあるものは何かっていう。結局、タイトルも良かったんですよ。「男と女」じゃなくって「女と男」だったんですよ。
豪田:
ふふふふ(笑)
鎌仲:
ほー・・・
ワダ:
僕が一番面白かったなと思ったのは、800万年くらい前まで、人間はサル同然だったわけですよ。それが、あるときからなぜか突然進化を始めるんですね。何百万年もかけて狩猟採取生活するわけですが、やっぱり、その間男性っていうのは力があるし、やっぱり狩猟をするわけですよね。その時に獲物を追いかけるのに、仲間たちと協力しながら、連携プレーで獲物を仕留めに行くわけです。距離があるから大声出したり、言葉もたぶんまともにないから、手を振ったり、いろんなことでやっとみんなで仕留めますよね。仕留めたら重いから、みんなで担いで帰ってくるわけです。その獲物を女性たちは待ってると。
女性たち何をしているかっていうと、まあ洞窟とかそういったところで子育てをしなきゃいけないですよね。子どもがいて、女性のコミュニティーができてる。自分たちが住んでる周辺で芋を探したり、木の実を拾ったり、「あそこにはこんな木の実が落ちてたわそして、男性っていっていいのかな、まあオスというか、帰ってくるまで、みんなコミュニケーションしながら待ってるわけです。そのコミュニケーションをしながら待てる能力がないと、やっぱりはじかれていくじゃないですか。そうすると生存にかかわってくるので、その女性はそこのコミュニティーの中でコミュニケーションしていくという脳力をDNAの中に蓄積してきたということが、どうもあるらしいんですね。だから男性っていうのは、その目的っていうものが、必ずビジョンなり目的を掲げて、それにみんな一直線に向かっていくっていう感じです。
鎌仲:
組織でね。
ワダ:
組織で。それで、今回の原発で言えば、その1950年代とかに、原発っていうものを戦後引っ張ってきて、新しいエネルギーにしていくんだっていう、当時は夢のエネルギーという考えがあって、たぶんそこで、その未来っていうものを誰かが掲げた部分で、みんながそれに乗っかっていく中では、すべてがそこに行く背景があったと思うんですよね。だから女性は多分その頃って、男性のやっていることに口出ししないっていうような空気があったと思うんです。
鎌仲:
今だってそうよ。あんまり口出ししないよね。
ワダ:
昔に比べれば、男性と女性の垣根っていうのが、コミュニティーというか、まあ、例えばそういう社会の中でも、同様にコミュニケーションしていかなきゃいけないような、たぶん、力技でこなすような仕事っていうのが、コンピューターとかね、インターネットとか含めて、コミュニケーションの仕方が変わってきてますよね。情報のやり取りとか。そういう中では、いわゆる肉体的な物を誇示する場面っていうのが、ぐっと少なくなってるから、そういう中での意識の変化っていうのは、やっぱり相当大きなものがあると思うんです。
鎌仲:
そうだね。まあ女性も変わんなきゃダメだよね。なんかこう、男性にわざと依存して、可愛い女性になって愛されることが大事みたいなことばっかりだと、社会の中で、なんか役割を果たしていくってことから、どんどん撤退していくっていうか。
豪田:
その辺は、ミツバチ羽音の映画の中で、取材されていたスウェーデンとかって、かなり発達しているんでしょうか?その男女の部分が。
鎌仲:
そう、女性が働かないと社会が維持できない、それは科学としてスウェーデン社会が持続可能になるためには、子どもをこれくらい産んでいかないと、もう人口が減って200年後にはスウェーデンという国はなくなると。実際すごい人口減少が、日本よりもかなり前からもう始まっていて、はっきりと国民が移民を受け入れるかどうか、スウェーデンのアイデンティティだけを保っていったら200年後にスウェーデンはもうなくなりますと。じゃなくて世界中からいろんな人たちが、スウェーデンに来て住んで、もうスウェーデンというアイデンティティにこだわらず、この文明社会を作っていくのかっていう二者択一というか、どうですかねって言われて、じゃあ、みんなで一緒に作りましょうっていうことに、いろんな人を受け入れましょって風になった。もう女性が働かなかったら、もう社会が維持できないと。

■ 福島の子供たちを守らなければ

鎌仲:
例えば、25年前のチェルノブイリに同じような事が起きて、何がもたらされたのかっていうと、やっぱり、もの凄く不妊が増えたんですよ。
それで、今、動物ですでに起きてるんですよ。例えば、福島や宮城県周辺の酪農家が牛に種付けをするときに、してもしても流産しちゃうっていう。これは人間にも起きるんですよ。ありとあらゆる動物に同じ現象が、これからあそこを中心にして起きるでしょう。
豪田:
ヒバクシャのなかでも、アメリカでそういう話がありましたよね。
鎌仲:
そうなんです。全ての女性が流産を体験したと。このハンフォードの風下で、この集落1マイル四方の中にすんでいる28家族の全ての女性が流産を体験したと。
豪田:
流産って、僕はこの映画作るまではね、ちょっとピンとこなかったんです。
特に戸籍とかでないから、生まれなかった子なんじゃないのみたいのがあったりするんですけど、僕は今回の映画では、流産、死産も取り上げて・・・すごく沢山の方にお話し聞いたんですけど、男性の僕はちょっと感覚が違っていて、その女性の中では、お腹の中で生まれて、亡くなった子っていう感覚なんですよね。
鎌仲:
そうそう。それがあの映画ですごく丁寧に描かれていましたね。
豪田:
ありがとうございます。流産っていうのはなかったものなんじゃなくて、もう存在した命がなくなったっていうことだから、3歳の子供、4歳の子供を亡くされたのと、ホントに同じ悲しみを持たれているんですね。
流産っていうのはなかったものなんじゃなくて、存在してた命がなくなって、それを経験すると、やっぱり女性も非常に精神的なダメージを受ける。子供を亡くしたのと同じなので、本当ににひどい状態になるんじゃないかと思いますね。
鎌仲:
それはやっぱり、じゃあまたすぐってことにいかないし、精神的にそれを受け止めて、また新しい命を授かるまでは、相当かかりますよね。
豪田:
そうですね。
ワダ:
また起こっちゃうんじゃないかって不安もあるよね。
豪田:
そうなんですよね。相当怖いみたいですよ。妊娠中も、いつ同じような事が起こるかわかんないし、映画に出ていただいた関根さんの1人目の椿ちゃんが亡くなられて、その後お二人目の子を妊娠して、映画には出てこないんですけど、出産のシーンには僕もいて撮影もさせていただいたんですけど、そのときは、もうほんとに、心拍が聞こえるかどうかってことをすごく言われてたんですよね。
鎌仲:
だってその心拍が、ちょうどその日に止まっちゃったんですもんね。前の椿ちゃん。
豪田:
そうなんですよ。前のお子さんのときは、出産の予定日に心拍が取れないっていうことで亡くなられちゃったんで、もう「心拍取れてる?心拍取れてる?」って、ずっとおっしゃてましたね。
鎌仲:
でも、もうホントにこんなこと言いたくないけど、放射性セシウムは心臓の筋肉の中に入っちゃうんですよ。
豪田:
へーえ、心臓の筋肉の中ですか?
鎌仲:
だから心筋梗塞とか、心臓発作とか、バンダジェフスキーさんっていうチェルノブイリの博士が、亡くなった方たちの内臓を研究して報告書を書いてる中に、心臓の筋肉が全然違うっていうことが報告されています。心臓にセシウムが濃縮しちゃうんですよね。
ワダ:
不思議ですね、心臓とか子宮とか、肝臓もそうなのかもしれないですけど、人間に欠かせない主要なところに、蓄積しやすいっていう。
鎌仲:
そうなんですよね。でも心臓は命ですからね。まさしく心臓、心拍から命が始まってくるわけでしょ。
ワダ:
福島の子どもたちの全身を調べるホールボディーカウンターで調べると、かなり多くの子どもたちが、相当被曝してると・・・
鎌仲:
それだけしてたら大変だと、チェルノブイリの経験者たちは警告をならしてるんです。命にどれくらいかかわっていることが引き起こされたのかっていう認識が、みんな低いし、それを学ぼうと、知って自分を守ろうと、そういうことがこんなにもなんか希薄で、私が心配しているのは、そういう汚染がまだすごく残っている。本来であれば強制退去しなきゃいけないところに、そうやって政府が安全だ安全だという間違った情報を垂れ流して、やっぱり、そういうこと言われたら住んでしまう人たちが、子どもと一緒にいるということですよ。
ワダ:
そうですね。チェルノブイリの場合だと半径30キロ圏内というか、国が決めた立ち入り禁止区域っていうのを作ってましたね。それに匹敵する地域っていうのが相当数あって、除染どころじゃないわけじゃないですか本来ならば。
鎌仲:
除染というのもできてないわけですよ。何一つ始まってないですよ。ちょっとずつ自衛隊がやっているけれども、真黒な墨が塗られたところに白い点を作って、白い点をちょっとずつ大きくしてくっていう、そうすると翌日行くとそこが灰色になっていると。
ワダ:
決して白じゃないですね。
鎌仲:
うん。だから際限のない、やっても甲斐のない仕事だと思うな。
でもそこに人が暮らす。国が間違った情報を流すし、お金も出さないから、みんなそこに留まらざるを得なくて留まっていると。
でも留まっているからには、ちょっとでもその被曝量を減らすために除染しなきゃいけないと。悪循環、そういう流れがバッドチェーンっていうんですかね。流がれてしまっていて、子どもにとっては非常によくない状況なんですよね。だからね、福島の子どもたちが今年の夏にね、サマーキャンプであちこちに行ったんですよ。熊本に坂口くんっていうアーティストが50人くらい受け入れて、阿蘇山の麓でサマーキャンプをしたんですけれど、やってきた子供たちが、もうすでに自分たちは長生きできないんだとか言うわけです。
自分たちは結婚できないんだとかって言ったりしていた。被曝させられて、福島の子どもたちだけ、どっかよそに行ったらいじめれらるとかね。その子たちは、やっぱり相当、自己評価下がってるんじゃないかな?
豪田:
自己肯定感なくなっちゃいますよね。
鎌仲:
北関東は、東京でも、この間、チェルノブイリで44年間小児科医やってきたスモールニコアさんっていうお医者さんと話した時にも、東京レベルでチェルノブイリでは年に2回子どもたちをデトックスキャンプ、保養に出してると。1回45日間。
ワダ:
チェルノブイリでは・・・。
鎌仲:
90日間。このくらいのレベルの汚染で。
ワダ:
へえー!それは、多くの人は知らないですね。
鎌仲:
うん。高いですよ。彼女は、日比谷公園の前の帝国ホテルに泊ってたから、日比谷公園を測って、少し高いと。そこでジョギングしたり、体操とかストレッチしてる人たちに、あの人たちに危ないって言いなさいと。危ないんだから!生殖器が危ないと。男の人は特に、生殖器がやられちゃうから、そこで腕立て伏せなんかしちゃいけませんって!
でも、そこのすぐそばで、銀杏の落ち葉を幼稚園の子たちが集めてるんです。
豪田:
東京もそんなに高いんですか?
鎌仲:
そんなに高いというか、年間1ミリシーベルが一般の許容上限というか、その1ミリを超えるくらいから、いろんなことが出てくると。ちょうど境目くらいで、だから東京は福島に比べれば低い低いといってるけれども、0.13マイクロシーベルト毎時だと、年間1ミリを超えてしまうんですよね。それにプラスアルファして食べてるものが今、1キログラムあたり500ベクレルだから、前は370だったんですよ。それも、海外からチェルノブイリで汚染されたのが入ってくるのを水際で止めるために、370以上入っているものは国に入れないようにしてたんですよ。
ワダ:
WHOが10ベクレルとか。ドイツもめちゃくちゃ厳しいんですよね。
鎌仲:
だいたい10です。ドイツは大人が8で、子どもが4。
ワダ:
それを今500まで許容しているんですよね。あり得ないですね。
鎌仲:
あり得ないですよ。
ワダ:
暫定基準値だから、いつまでこれを続けるのかってことですよね。
鎌仲:
そう、ずっとそうしようと思ってるんじゃないですかね。福島に住んでる人たちに対しても、年間20ミリで大丈夫って、つい最近も政府はアナウンスしてましたよね。
ワダ:
そうですね。
豪田:
20ミリ、20倍ですね。
鎌仲:
うん。大変だと思いますよ。そりゃもう、非常識の非常識。
ワダ:
どんどんね、マスコミのトーンが下がって来て、5月6月の頃は、当然まだまだでしたけど、もう夏過ぎたころからマスコミもね、ほぼそういうことに対して報道しなくなって、一部では、まだ時々やってますけど、一般の人の温度っていうのは、原発問題に対しては一部の人、意識のある人以外はもう終わった事のような感じになってきてますね。
鎌仲:
そうですよね。なんか、なかったことにしようという、その政府とか、東京電力の意図が、もうすごく丸まる見えですよね。

■ 上映活動でのコミュニティの意義

ワダ:
監督としてはどうですか? このような現実の中で、これからまた映画も作られると思うんですが、今後、どういう風に活動されるのでしょうか?
鎌仲:
今は内部被ばくが問題なので、内部被ばくについて、すごくわかりやすいビデオを作っているところなんですけど。
豪田:
素晴らしい。
鎌仲:
みんなそこが混乱しているので、1時間くらいの。それは教育用のものですね。私、このうまれるに教育用のができてたのがすごくいいなと思っていて。
豪田:
ありがとうございます。
鎌仲:
子どもたちが観やすいようにできてる。すごく観やすい映画なのよね。
豪田:
今、学校でも結構始めていて、50校くらいで上映したんですけど。
鎌仲:
へーすごい。それ小中校?
豪田:
小学校はさすがに少ないんですけど、まだ1校2校くらいなんですけど、中高ですね。はい。
鎌仲:
いいですね。
豪田:
学校って昔と比べて、映画を観るっていう予算をほとんど取ってないみたいですね。どんどん予算なくなっていって。そのため僕たちがやったのは、普通の人に支援金として、出していただいて、そこから、そのお金を使わせていただいて、学校で無料で上映するっていう風にしたんですよ。
鎌仲:
おー・・・
豪田:
そしたらやっぱり、予算なかったのですごい助かりましたっていう先生がいっぱい申し込んでいただいて。
鎌仲:
支援金の口座を他に立ててあるんですか?
豪田:
そうです。
鎌仲:
それはなんていう口座なんですか?
豪田:
それは「未来人育てプロジェクト」という口座を作ったんですよ。
鎌仲:
実は私も、ミツバチを被災地で無料上映できるように、普通の貸出料金の半額を、グループ現代が減額して、半額分を支援でまかなえるようにしたいなと、今、進めているところなんですけど、それができるといいですよね。
豪田:
そうですね。今は150万か200万くらいいただいたのかな。通常の振り込みと、あとは上映で支援金ボックスっていうのを主催者さんに置いていただいて、そこに、映画観た方が入れていただくような感じにして、なんとかぎりぎり、まあ赤字にならない程度に賄ってるって感じ。
鎌仲:
それで、申し込みは学校側から来るんですか?
豪田:
そうですね。学校からは、たくさん来ますね。
鎌仲:
いいですね。子どもたちの反応は?
豪田:
反応は、ものすごいいいですね。もしかしたら大人よりいいのかもしれないなっていうくらい。
やっぱり、感受性が大人よりも豊かなところがあるので、アンケートとかもよく拝見するんですけど、命っていうことを真剣に考えてなかったけども、いかに自分が奇跡的な存在なのかってことがわかったって言葉とか、あとはね、死にたい、消えたいって言葉を使い始めるんですよね、中高生って。だけど、そういう言葉を多用していた自分がすごく恥ずかしい。
鎌仲:
「死ね!」とかって言うのよね。
豪田:
そういう言葉を使っていた自分が恥ずかしいとか。あと、お父さんとお母さんに苦労をかけてきたので、これからは感謝の気持ちを言葉と態度で示したいとか。
鎌仲:
おー、かわいい。
豪田:
本当にいっぱいありますね、そういうのが。
鎌仲:
いいねえ。その学校はこの「うまれる」って映画があるというのをどうやって知るんですか?
豪田:
それはHPとか、なんか、口コミとか、そういう感じですね。
鎌仲:
特別宣伝したわけじゃなく、向こうから?
豪田:
そうですね。はい。宣伝できる予算があったらいいんですけど。
鎌仲:
いやいや、ほんとですよね。
豪田:
もう口コミだけです。
ワダ:
自主上映もね、どんどん広まってほしいんですけど、例えば、僕たちなんかだといろんなイベント経験があるので、そういう人たちだと、人の動員とかあと運営についても結構スムース、まあスムースっていってもいろんなことあるんですけど、その経験値がものをいうというか。例えば、トモくんなんかだと、主婦の方とかね、全くそういう事経験ない人が、感動してみんなに伝えたいからと思いがすごくあって、主催してくれたりって時に、主催のサポートまでどっかしてあげないと、その素人さんが、なにかイベント運営するときにトラブルが起こる。
鎌仲:
でもホムペ素晴らしいじゃないですか?
豪田:
ありがとうございます。
鎌仲:
すごく丁寧に説明してあるし。私の場合はね、上映アドバイザーっていうのがいて、実際上映して、全くそんな、普通のお母さんだったり、普通の主婦だったり、そういう方がやってみて、いろいろ苦労しながら、あの経験が、こうできて、そういう人たちが、また私たちはこうしたんですよっていう冊子を作ってくれたりとかして、それをね、そのまま上映の手引きにしてるんですよ。あたしたちはこうやって始めて、こういうこと、こういうこと、こういういう準備をして、いろんな問題を乗り越えて、こんな上映会がしたいなって。
それで、これだけの人に観てもらって、すごい大成功みたいな、そういう一連の流れを、この時期にはこれをしなさい、とか、これやって、これやったらうまくいかなかったけど、これやったらうまくいったみたいなのを、手引きにしたりとか、それは手に持てる、非常にかわいい冊子になってるんですけど。
ワダ:
どうしても上映するのに費用がかかりますし、それは当然なんですけれど、会社とか運営してたり、経理とかやってると、そんなにたいした問題じゃないんだけど、1人あたりの単価でどういう風に割って、どう告知するかとかね、そういうとこでみんな詰まってるんだけど、僕は、そういったところはあんまり深く考えずに、とりあえず、どういった人たちが、その周りで共感してくれるのかとか、関心持ってくれるのかって人たちを探してみて、30人じゃなくて、10人いれば1人10人づつ声かければ100人になる。
鎌仲:
そうそうそう。
ワダ:
単純にね。
鎌仲:
みつばち理論ですよ!
ワダ:
そう。そうやって、だいたい見当つければ、もうすぐにあとはGOできるんだよね。集客をどうしようかってことよりも、ひとりが何人っていう、 ペイフォワードだよね。ひとり3人とかね。
鎌仲:
そうそう、それが大事なんですよ。私は自分の映画よりも、そういう上映活動のほうに価値がよっぽどあると思っているんです。地域の人たちが何かひとつ目的を持って、それまで全然知らなかったのに集まって、グループになって、地域の中に入って行って、実際に個別に会っていくわけでしょ。私の映画って、やっぱすごくヘビーなテーマだから、なんでこんな映画やるの?とか、なんで私に観せたいの?とか・・・。
そういう話をしていかなきゃならないじゃないですか。そうすると、やる側も説明することが必要になってくるから学ばなきゃいけないし。
ワダ:
みんな原発のことってなると、今度こういう上映会やるんだけどって言ったら、へんに見られたりとかね、そういう風な感覚持ってる人がやっぱ多かったと思うんですよ。
鎌仲:
多いと思いますよ。
ワダ:
監督の映画のタイトルが「ミツバチの羽音と地球の回転」っていうと、えっ!何?かわいらしいな、何それ?
鎌仲:
ミツバチが出てくるのかしら?
ワダ:
そうそうそう。
豪田:
ハッチがでてくる。
鎌仲:
あははは。
豪田:
でも、こういう作品を作られると、何か言われたりとか、勢力に邪魔されたりとか、何かそういうのってあるんですか?
鎌仲:
私自身は、スポンサーが全くいない状態で、支援金というか、こういう映画作ろうと思うんですよ。今度「ミツバチの羽音と地球の回転」っていう映画で、祝島とスウェーデンを撮って、エネルギーのことをテーマにして作りたいですっていうと、まあ、口座が作ってあって、そこに一口1万円、今回は550人くらいが送ってきてくれて。
ワダ:
素晴らしいですね。
鎌仲:
そういうのと、あと前の作品を上映することによって製作費を回収して、その製作費をまた投入して作っていくっていうことでやってるので、スポンサーがいないから製作をすることに関して何一つ、圧力はないよね。だけど、中国電力さんとかは私が取材を申し込んでも一切受け付けないとか。そのために、私の映画を上映したい人たちが会場貸してもらえないとか・・・。
豪田:
えー、そんなことあるんですか?
鎌仲:
うん。特に九州地方で。九州電力さんは、なかなかの電力会社だからね〜・・・
スウェーデンでは、アジェンダ21っていう名前が付いてるんですけど、ブラジルのサミットって、もう地球環境が危機に瀕しているという現実に、これは人類が取り組んで、環境破壊を食い止めなかっかったら、もう人類はもう生きていく未来がもう危ない!という認識をブラジルでやったときに、スウェーデンの首相がそれを持って帰って、みんなでこう取り組みましょうと。そのためには勉強会も必要とかっていうんで、ありとあらゆる国民が勉強会をする勉強会費用を国が支援するっていう。会場費もタダだし、講師を呼ぶんだったら講師を呼ぶ費用も出します、みたいな。
ワダ:
国の規模で、よくブータンのGNH、国民総幸福とかっていう話を聞く時に、その考え方いいよねって、そのまま日本へ持ってきても、例えばブータンの人口って200万人くらいで(70万人でした)、王様がいて、非常にこう、宗教システムもしっかりしていて、そういう中で扱えるものと、やっぱスウェーデンにしても人口が1千万人いない。じゃ、国民投票とかっていうときに、1億3千万の国民と、やっぱり1千万っていうのとでは、国民投票が機能するのかとも思うんです。東京都の中で都民投票しましょうって言ったら、なんかいけそうな気がするんですけど。
鎌仲:
今やってるよね、脱原発都民投票。
ワダ:
そうですかー!
鎌仲:
脱原発大阪府投票っていうこの二つでやってみようと。私はだから、地域自立型のエネルギーっていうのを映画の中で紹介してる。それはスウェーデンのやり方なんですけど。スウェーデンは、日本と全然違うからできるんだよっていう意見は、もちろんそういう風に言われるだろうというのは織り込み済みで、例えば四国全体で5百万人もいないんですよね。四国だけで地域自立型のエネルギーで100%自然エネルギーになるっていうのはものすごく、可能なわけですよ。九州だけとか、あるいは島根県だけとか、あるいは岡山だけとか、できるんですよ。そういう風に分割して考えていって、国に全部にやってもらうんじゃなくて、自分たちでどんどんやってっちゃおうよみたいな、そういうことじゃないと変っていけないという。

■ 持続可能な世界

ワダ:
監督は、どちらの出身なんですか?
鎌仲:
私は富山県の出身なんです。富山は、立山の雪解けの水が100年かかって、富山湾の1千メートルの地下から100年後に湧くんですよ。その水の中に、もの凄く豊富なミネラルが入っているので、プランクトンがすごく豊富で、だから日本海を回遊している魚が、富山湾に入ってくるんですよね。
ワダ:
それで、ブリが有名なんですね。
鎌仲:
そうなんです。それも、他のところと違って、追っかけないんですよね。定置網なんです。日本最古の定置網。しかも、最大の定置網っていうのが氷見にあって。私は氷見出身なんですけど。そこに入ってくる魚は、大きいのだけが網にかかって、ちっちゃいのは網目が大きいので抜けくんですよ。だから、すごく持続可能な漁法なんですよね。そこだけ往復して魚がかかってる分だけ取り上げるっていうやり方なので、魚を探して、高い石油を沢山使いながら、今日は全然取れなかったっていう、そういうことがあまりないんですよ。そのためには環境保全しなくちゃいけないんですよ。
ミネラルが沢山でてくるっていう環境を保持しないと、小魚がそれを食べて、その小魚を食べに大きな魚がやってくるっていう循環が生まれないんですよね。だから、氷見市はブリで一番有名な所なんですけれども、何も開発していないし、工場もなにもない。自然海岸が大事なんですよね。
豪田:
なるほど。そこにあれなんですかね、鎌仲監督の原点というか、現風景があるんですかね。
鎌仲:
そうかもしれないですね。
豪田:
監督の作品にはすごく魂を感じるんですが、その源泉って何なのでしょうか?
鎌仲:
田舎で育ったから、自分が自然の一部という感覚がすごく強いので、その自然をそんな原発なんかで破壊されたくないという思いはすごくあるし、そこから出てくる目に見えない放射能が、その自然界に染みていくっていう想像が・・・。
私は虫がすごく好きな子どもだったから、蟻の巣とか、テントウ虫とか、なんかそういうのを1日見ててもなんか飽きない。自分が蟻になったような。あるいは、みつばちになったようなね。自分がせっせとエサを運んで巣の中に入っていくっていうのを・・・
全員:
鎌仲:
そういう、ちっちゃい生きものの世界、視点で世界を見ると、やっぱりそういう変な物が来るのはイヤなのよね。私は祝島のおばちゃんたちも、ホントに手が届くようなきれいな海から、ちょいっと釣り糸たらしたり、海藻をこうちょちょっと採っておみおつけにしたりとか、アジなんかちゅちゅっと釣ってきて、刺身にして、ひょいっと食卓に出しちゃうっていう、そういう暮らしをながーく続けてきてる。その目の前の海のすぐ先に原発っていうものができるということが、やっぱり感性として、人間の生きて行く本能として、受け入れがたいと。それはやっぱりね、その通りだよとかって思うんです。
豪田:
祝島っていうのは、鎌仲監督の中で富山県とかぶっている部分があったんですね。
鎌仲:
祝島と同じような環境は日本中にたくさんあると思うんですよ。ただ、祝島の人が持っているスピリット、誰が何と言おうと闘い抜くっていうか、それを持続的に28年も29年もやり続けるっていう、その長いものに巻かれない、それはやっぱり独特だと思うんですよね。
ワダ:
独特のお祭りとかの伝統も残ってますね。
鎌仲:
祭はすごく大事。祭は地域の命です。地域の人たちが深く関わる。地域の自然に感謝を持つとか、自然をお金に換算するようなものと対極にあると思うんですよね。だから、そういうものが残っているところは、自然が破壊されずに、昔からの教えですよね。ここに作っちゃいけないとか。だから津波も、神社はみんな残ったんですよ。そういう先人の知恵みたいなものがやっぱり生かされている場所っていうのは、守ってきたということだからね。
豪田:
地球なり環境なり、もしくは命なりっていうことを考えるってことに関して。やっぱりご両親の影響とかあったんですか?
鎌仲:
どうかなあ?(笑) 農家だったからね。だから、育ってくるとか、言葉で全然教えてもらったわけではないけれども、カエルとか、魚とか、そういうなんか泥まみれになって育って、そこ本当に自分の命とドジョウの命も同じようにあるというか。
それで、子ども時代、私はいっぱい昆虫を殺しましたよ。トンボ採ったり、ちょうちょ採ったり、蝉採ったり。もう何百匹も。その命がなくなっていくっていう、だからこそ生きてるのって、すごく大事っていうか、そういう感覚は、刷り込まれてあるのかもね。
豪田:
たぶん、鎌仲監督と同じような感じで育った子供っていっぱいる中で、なぜ鎌仲監督だけが、こんな強いエネルギーを持って、こういうことをやり続けられるんだと思いますか?
鎌仲:
えーっ!自分ではわかんないよ。でも、エネルギーが出てくるんだよね。なんだろうなあ。
豪田:
相当なエネルギーだと思いますよ。
鎌仲:
うーん。
豪田:
もう原発1基分くらいの。
鎌仲:
あはははは。(笑)
ワダ:
鎌仲発電。
豪田:
鎌仲発電すごいと思いますよ。
鎌仲:
それはトモさんが自分の娘さんを守るためにと思ったら出てくるエネルギーと同じくらいだと思いますよ。だって、自分の娘を守るだけにはいかなくなってくるんですよ。
豪田:
うん、そうですね。
鎌仲:
原発のことは。福島に新しい家を建ててしまって、放射能が周りじゅうにある。測ってみたら家のここだけが、居間のここだけが低かった。そこに柵をして赤ちゃんを入れてるんですよ。でも、守りきれないでしょ? ほんとの意味で守ろうと思ったら、やっぱ止めるしかないんですよ。だって放射能はね、子どもにはもの凄く悪いものだし、脅威だし、そういう意味で言ったら、もう優先順位的に言うと、どんなにエコビレッジを作ったとしても、放射能がきたらおしまい。まず、それはやっぱり蓋をして、増やさないようにしなくちゃいけないって、それは自分のこの命と直結してるんだって思ったら、すごいエネルギーが出てくるはず。
豪田:
そうですね。出ますよね。発電できますね。
鎌仲:
だからやっぱり、私は、自分が結婚して子どもを作ってるわけではなくって、独身で子ども産んでないんですけど、イラクの子どもたちとか、日本の子どもたちとか。やっぱ子供は生きなきゃ。命は全うしなきゃ。私の命だけじゃなく、ありとあらゆる命がちゃんと全うされるように、命が生き切るように。
豪田:
子どもの白血病って、目の前でみるのはキツイですよ。
鎌仲:
そうなんですよね。
豪田:
僕は、最近新しいボランティア始めたんです。遊びのボランティアっていうのがありまして、それどんなのかって言うと、病院の小児科に、白血病中心にいっぱい難病のお子さんいらっしゃるじゃないですか。そのお子さんたちって、ひとつ大きな問題があって、それは病気はもうそうなんですけど、遊ぶモノと人がいないっていう。
鎌仲:
うーん。
豪田:
子どもなのに遊べないんですよね。おもちゃも全然ないし、遊んでくれる人もいないし、看護婦さんとかはやっぱ自分の業務で忙しいから、そうなるとまあお母さんが主になるんですけど、でもお母さんもずっといるのもやっぱなかなか難しいし。それでボランティアの方々がいて、一緒に遊ぶってだけなんですよ。トランプやったり、ウノやったり、折り紙みたいの作ったりとか。それで子どもはすごく元気になるし、お母さんもすごく元気になるんですよね。お母さんその場からちょっと離れたりとかできて、少しだけフッっと息つけたりして。そういうのがあって、今、少しづつ行かせていただいてるんですけど。やっぱね、3歳で白血病とか、小6の女の子で白血病が再発して入院してる子がいて。どういう気持ちなんだろうなと思うとね、なんかできないかなって。
鎌仲:
やっぱり心のケアもすごく必要で、私はイラクの子どもたちに医療支援をするJIMネットってグループでやってるんですけど、みんなにチョコレートをね、イラクの子どもたちが描いたかわいい絵のパッケージで、北海道の六花亭のチョコレートを入れて、去年は7万個を売ったんですよ。
豪田:
へー。
ワダ:
すごい!
鎌仲:
今年は、その中の部分を福島の子供たちにもということで、14万個売ることにしているんですけど。
ワダ・豪田:
へえー!
鎌仲:
やっぱりイラクの子どもたちも同じように、同じなんですよね。だから院内学級っていって、子どもたちが勉強しながら遊ぶっていうのを開設して、現地の人たちにやってもらったりとか。でも、確か、ワシントン州のシアトルかどっかで取材した時に、そういう遊ぶ専門のボランティアグループとコーディネーターが病院にいて、それで遊具とかあって、ホントに遊ぶだけっていうボランティアに私も出会いましたよ。
豪田:
あっ、そうですか。
鎌仲:
うん。私もすごくいいことだなと思った。日本ではそういうね、病院に看護婦さんがあまりにも過重な仕事をしているので、普通の人ができる雑務はボランティアに任せたらどうだろうかっていう、そういうボランティアコーディネーターがいるといいですね。
豪田:
そうですね。
鎌仲:
カナダにもアメリカにもいるんだけど、日本は少ないですよね。
豪田:
そうですよね。そこがかなり先進的ではあるんですけど、やっぱり全体としてはすごく少ないですね。
楽しいってことをたぶんみんな知らないんですよね。子どもと一緒にいるのが楽しくて、幸せをくれて、あと勉強になるとか、もしくは仕事に生かせるとか、そういうのがまだ足りない部分があると思うんですけど。時代性とも関係するんでしょうけど、少しずつわかっていくと、男の好きなメリットとして感じることができるようになると、進んでくんじゃないかなと思うんですよね。
鎌仲:
やっぱりドロップアウトの勧めをしたいな。会社の中で出世をするために育児休暇なんて取ってられないよっていう出世志向から、出世しなくても子どもと時間取りたいな、だからドロップアウト、ちょぴり部分ドロップアウトをして、そういう男、オヤジ的な思考一辺倒の価値観からちょっと自分を抜かして息抜きしてみると男の人だって生き方が楽になるんじゃないかなあ。『うまれる』の映画の中で、ばんさんの旦那さんの方が、会社の上司に相談をして、言われたあの言葉。「おー」とかって・・・
豪田:
「出産に立ち会って売り上げが上がるのか」って。
鎌仲:
そうそう!
豪田:
あれは、僕は2009年で一番怒りましたね。
鎌仲:
なにー!そんな上司かとか思って、私も一緒に怒りました(笑)
豪田:
まあ、すごく象徴的な出来事だなと思うんですよね。多分、今お話しあったノルウェーやスウェーデンではたぶん起こらなくて、日本のいまの育休取得率って1.72%なんですね。ノルウェーは89%なんですよ。
鎌仲:
んー。
豪田:
やっぱり、ここに大きな差があって、先進国だなと思いますね、あちらの方は。
鎌仲:
スウェーデンで取材していた時もね、電気自動車に乗ってたパーさんの事務所を取材してたら、育休取っていたお父ちゃんが自分の子どもをだっこして、みんなに見せに来て、それでみんな仕事中なんだけど、わらわら集まってきて、あらあらー、みたいな感じで話に花が咲くというか、それを上司も見てるんだけど、別に上司もやってきて「俺にもだっこさせろ」みたいな(笑)そういう社会。
豪田:
そういう社会ですよね。ほんとそう。
ワダ:
地方で中小企業って、結構そういうとこあるんですよ。
鎌仲:
私、会社の中に保育園を作ったらどうかと思うんです。会社が育児所のスペース作って、その会社員のお母さんもお父さんも、お父さんが連れて来てもいいし、お母さんが連れて来てもいいっていうところを一つ作ったら、会社すっごくよくなるんじゃないかな?
ワダ:
パタゴニアとか、そうですよね。
鎌仲:
そうよね。
豪田:
なんかある大手のネット企業さんなんですけど、そういう計画があったらしいんですよね。結局、やめたんですよね。なぜかっていうと、会社って都心にあること多いじゃないですか。それで、日本て満員電車ってものがあって・・・
鎌仲:
あー、そうかー。
豪田:
それでね、子どもを満員電車に乗せるっていうのはどうなんだっていうことで、まあ結局取りやめになっっちゃったらしいんですけど。ああ、そんなことでひっかかっちゃうんだなーとかね。
鎌仲:
会社がある場所がもう問題ですよ。もう東京集中しすぎ。ここでまた大地震が起きたらどうなるか。
豪田:
そうですね。
鎌仲:
東京が放ってるオーラ、地方の若者たちをどんどん惹きつけてしまうオーラっていうのは、やっぱもう相当特殊だと思いますよ。だから地方に行って、最近、震災の後に映画を見せて、若い女の子たちが美術系の大学に行ってるんだけれども、来年の3月に卒業すると。就職先はどこ?って聞いたら「東京がいい」って。「でも東京はもう放射能汚染されてるから、あなたたち若いんだし、女の子だし、あたしは勧めないわよ」って言ったら、「被曝してもいいから東京に住みたい」って。
豪田:
ふふふふ。
ワダ:
話が尽きないんですが、そろそろ時間なので、今日は、いろいろ話しましたけれども・・・
豪田:
あっ、急に締りましたね(笑)
鎌仲:
オヤジ社会にやっぱりこう、ピンクのバラをね、咲かせるような仕事を女性たちがしなくちゃいけない。
ワダ:
そういう風になっていくように僕たちも力入れて・・・
豪田:
頑張ろう日本ですね!
鎌仲:
そうそうっていうか、男の人たちが、頑張る女性の縁の下の力持ちになって、女たちを前に前へと出していくような、私そういう男かっこいいと思います!
全員:
ワダ:
今日はどうもありがとうございました。
豪田:
ありがとうございました。
鎌仲:
こちらこそありがとうございました。

テキスト版制作協力 : Yukino、田中千紘

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【取材後記】

昨年(2011年)、岡山・倉敷で鎌仲監督のミツバチの羽音と地球の回転の上映会を行った。原発事故の被害や状況、放射能の汚染の状況が徐々に明らかになりつつあった4月に上映会を開催することを決めて、7月に上映会を行うこととなった。鎌仲監督のことは、六カ所村ラプソディーで知ってはいたが、なかなか見る機会がなかった。再稼働を待つ原発を何とか動かそうとする力が働く中、何とかそれを止めたいと思い、出来るだけ早くこの映画を上映しなければと思った。それは、僕が日頃使っている電気を生み出している中国電力が進めている山口県の上関原発のへ建設がテーマになっていたからだ。奇しくも、東北被災地の状況視察に行った際に、六カ所村まで足を伸ばし、再処理工場のプラントや村の環境を見てきたことも、何かの縁を感じた。

原発はいらない。原発の最大の問題は、10万年も管理しなくてはいけない、核のゴミ。使用済み核燃料の管理だ。10万年という途方もない時間を、未来の人類がその時間の中で、いつか無害化する技術開発を期待するのだろうか・・・僕は、それまでに、人類はいなくなるような気がしてならない。原発を選ぶことは、おしっこやうんちの処理場所がなく、処理する方法もないのに、排泄物を出し続けるのと同じだ。

原発がないと電気が足りない。原発がないと経済が失速する。原発がないと、今のような豊かな社会はできない。そんな意見は多い。

原発がなくても電気は充分に足りる。経済は、原発以前に失速している。資本主義という経済システムそのものが大きな転換を余儀なくされている時代だ。豊かさとは何かが、根本から問い直されなければいけないと僕は思っている。いまの常識は、未来の常識ではないのだ。僕たちは、いま、自分たちに問いかけなければいけないと思う。本当にこれでいいのか?

豪田トモ監督は、以前スピボイにも登場してくれた友人だ。初の本格的な長編ドキュメンタリー映画「うまれる」が完成し、ロードショーが始まったばかりの時だった。その後、出産をテーマにしたこの素晴らしい映画は、多くの人々の支持を集めヒットとなり、公開されて1年以上がたつ今も、各地で自主上映会が行われている。

豪田監督は、この映画の関係で、多くの小さな子供を持つお母さんを始め、妊婦さんやこれから子供を授かる女性がこの映画のコミュニティにいて、そんな女性たちに、ぜひ、知っていてもらいたいという思いもあって、豪田監督にも一緒に参加してもらい、三人での対談形式でのスピボイとなったわけだ。豪田監督も、日頃から小さな子供を持つお母さんと接する機会も多いため、鎌仲監督のメッセージにはとても深い共感があり、特に、子供たちに強い影響がある原発事故による放射能汚染には、強い関心を持っている。

僕は、多くの人に現状をもっと知って欲しいし、関心を失わないでいて欲しいと思う。福島の子供たちに、原発事故がなかった時のように、のびのびと元気に育って欲しい。この事故を通じて、原発の問題をもっと身近な事として考え、福島の子供たちのためにも、ひとりひとりに出来ることとは何か、ぜひ、考えてみて欲しいと思う。

photo
鎌仲ひとみ プロフィール
ドキュメンタリー映画監督

大学卒業と同時にフリーの助監督としてドキュメンタリーの現場へ。
初めての自主制作をバリ島を舞台に制作。その後カナダ国立映画製作所へ文化庁の助成をうけて滞在する。カナダの作家と共同制作。NYではメディア・アクティビスト集団ペーパータイガーに参加。95年に帰国してからNHKで医療、経済、環境をテーマに番組を多数制作。98年、イラク取材をきっかけに「ヒバクシャー世界の終わりに」を作る。現在はICU国際基督教大学・多摩美術大学で非常勤講師に就きながらその後も映像作家として活動を続けている。

■ 代表作品

  • 「ヒバクシャ──世界の終わりに」
    (2003年/グループ現代制作/16mm/116分/文化庁映画賞文化記録映画優秀賞、平和・協同ジャーナリスト基金賞<グランプリ>他多数受賞)
  • 「スエチャおじさん バリ・夢・うつつ」
    (1990年/自主制作/16mm/120分/芸術文化振興基金助成事業)>
  • 「エンデの遺言──根源からお金を問う」
    (NHKエンタープライズ21・グループ現代制作/ビデオ/60分/ギャラクシー賞)
  • 「がんを生き抜く──希望を支える医療の記録」
    (2001年/NHK情報ネットワーク・グループ現代制作/ビデオ/60分/ATP優秀ドキュメンタリー賞)
  • 「心の病がいやされる時 今日本の家族に何が起きているのか」
    (1998年/NHK情報ネットワーク・グループ現代制作/ビデオ/60分/ATP優秀ドキュメンタリー賞)  他

■ 著作

  • 「メディアリテラシーの現在と未来」世界思想社
  • 「エンデの遺言」NHK出版
  • 「エンデの警鐘」NHK出版
  • 「ドキュメンタリーの力」子どもの未来社
  • 「内部被曝の脅威」ちくま新書
  • 「ヒバクシャー ドキュメンタリー映画の現場から」影書房
豪田トモ プロフィール
ドキュメンタリー映画監督

1973年、東京都多摩市出身。中央大学法学部卒。

6年間のサラリーマン生活の後、映画監督になるという夢を叶えるべく、29歳でカナダ・バンクーバーへ渡り4年間、映画製作の修行をする。

在カナダ時に制作した、短編映画『Before, After』(2003年)、『for the beauty of falling petals』(2004年)は、日本国内、バンクーバー、トロント等数々の映画祭にて入選。

帰国後はフリーランスの映像クリエイターとして、テレビ向けドキュメンタリーやプロモーション映像などを制作。2007年、「人と地球に優しい映像」をテーマとした映像プロダクション、株式会社インディゴ・フィルムズを設立。代表取締役に就任。
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